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阪神タイガース 虎講師のブログ


まずは本日の試合最後の場面をああ気持ちいい。

まず今日の試合経過を振り返ってみましょう。先発はタイガースは入団2年目エースを狙う小野くん。ジャイアンツは田口。

小野投手は自己最速154km/hを記録しコンディションは良さそうでしたが、初回・2回と1点ずつ献上しリードを許す苦しい展開。

しかし今日はズルズルと得点を許すことなく、打線は2裏に期待の若手右打者大山・江越・梅野の連打ですぐさま2-2の同点に。

3回裏にはまたまた大山くん。タイムリーで勝ち越し3-2。

4裏にはベテラン糸井の打った瞬間はあわや満塁ホームランかという当たりの犠牲フライで4-2と突き離す。

その後同点に追いつかれるも最終回、2アウト1・2塁から中谷がレフト前へゴロヒット。2アウトということもあり3塁高代コーチはセカンドランナー糸原を本塁へ突入させます。

タイミングは微妙でしたがレフトからの送球が逸れ、糸原はホームインサヨナラ勝ち。宿敵ジャイアンツからのサヨナラ勝利という、まあ、タイガースファンにとってはたまらん試合だったわけです。

 

私はこのゲーム、今年見たなかで最も楽しくテンションの上がる勝利でした。今年初のサヨナラ勝ちということもありますが、テンションUPの理由はそれだけではないような気がします。

なぜこんなに楽しかったのか、ちょっと考えてみました。

 

1.おもろかった要因その1 試合展開

どんなドラマでも映画でも、ヒットするものはほぼすべて同じパターンだという話を聞いたことがあります。
 

主人公が苦労しながら成長

いい感じで成長してこのまま順調にいきそうな感じになる

大きな困難がふりかかる

もうだめかというところまで追い込まれるも乗り越える

成功をおさめハッピーエンド
 

という流れだそうです。あなたの好きな小説とか映画を思い浮かべてください。主人公に「大きな困難」が複数ふりかかることもありますが、大体このパターンに当てはまるはずです。スターウォーズとかもそうですよね。
 

これを今日の試合展開と照らし合わせてみましょう。

・主人公が苦労しながら成長
→1回・2回、先制されながらも失点は最小限にとどめる。2回には同点に追いつく。

・いい感じで成長してこのまま順調にいけそうな感じになる
→大山のタイムリー、糸井の犠牲フライで2点のリードを奪う。先発の小野くんもリードを保ったまま投げきる。

・大きな困難がふりかかる、今日もだめか。。
→長野の同点ホームラン

・追い込まれるも乗り越えハッピーエンド
→最終回2アウトから中谷ヒット、セカンドランナー微妙なタイミングも相手のミスを誘い本塁セーフサヨナラ勝ち。

山あり谷ありの、まるで筋書きがあったかのような試合展開であったことが、この試合を楽しめた要因のひとつではないかと考えます。
 

2.おもろかった要因その2 生え抜き若手

阪神甲子園球場はシーズン中、ライト方向からレフト方向へ、打者から見ると右から左へ強い風が吹いていることはご存知かと思います。したがって、レフトへ打球を飛ばすことが多い右打者は追い風、ライトへの打球が多い左打者は向かい風の中でプレーすることになります。

球場の特性上、右打者が有利であることはこれも周知の事実。しかしなぜか阪神タイガースでは右の強打者がここ何十年育っていません。

何年もスタメンを張った生え抜き野手でホームランのタイトルを争うような右の強打者といえば、えーっと。。岡田彰布ぐらいまで遡らないといないのではないでしょうか。

八木裕や今岡誠という右の好打者もいましたが、いずれもホームランのタイトルを争うような選手ではありませんでした。阪神時代に打点王を獲得した現広島カープの新井選手もいい打者でしたが、FAで加入した選手であり「生え抜き」ではありませんでした。

生え抜きにこだわる必要があるのかどうかという議論もあります。ここは個人の感覚によるところですが、やはりドラフトでタイガースに入団しプロのキャリアをタイガースだけで育ってきた選手は、私はどうしてもひいき目に見てしまいます。ほとんどのタイガースファンは共感していただけるところではないでしょうか。

つまり、生え抜きの右の長距離砲というのは、阪神タイガースを愛するあなたや私にとって、数十年来の念願なのです。

現在の阪神タイガースの選手の中でも、その念願を叶えてくれそうな選手は何名か存在します。今日のスターティングメンバーの中にはそのなかから3名の選手が名前を連ねていました。

中谷将大
大山悠輔
江越大賀

この3名です。

それぞれ、昨年以前ブレイクのチャンスがあったものの、今年2018年は期待される結果を出すことができていませんでした。

中谷選手は昨年20本塁打を記録。今年は期待されるも開幕から2軍。1軍に登録されてまだ数試合。

大山選手は春先から侍ジャパンに招集されるなど、順調に見えました。しかしシーズンが始まると打撃は低迷。この試合まで1割ちょっとの打率にとどまっていました。

江越選手はだれもが認めるポテンシャルを秘めつつ、ここまで三振の山。選球眼さえ磨けば走攻守揃った超一流選手として活躍できる可能性もあるのに。。と、タイガースファンはここ数年、三振を繰り返す江越選手をみて忸怩たる思いを抱いていました。

この3人が揃いも揃って活躍したのです。阪神タイガースファンは嬉しくないはずがありません。

 
明日の試合が終わればパ・リーグとの交流戦が始まります。今日みたいな、ファンにとってワクワクさせる試合展開と、生え抜き若手右打者の活躍で、さらに僕たちをワクワクさせてくれることを期待します。

しつこいですが、もう1回これをみながらお別れしましょう。
 

 
とらほう。

 
【試合終了】 ◇開始14時01分◇甲子園
巨 人 1 1 0 0 0 0 0 2 0 4
阪 神 0 2 1 1 0 0 0 0 1X 5
【巨人】 田口 宮国 上原 ●沢村(1勝2敗)
【阪神】 小野 岩崎 桑原 ○ドリス(1勝1敗)
[本塁打] 大城2号(巨) 長野4号(巨)

 

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なぜ「監督批判」をするか知ってます?

Posted by toraho on 2018年4月7日
Posted in おれの見方  | Comments


答えを先に言いますね。監督批判をする人っていうのはマスコミ、特にスポーツ新聞系に洗脳されている人です。

「えっ、そうなん?」と思ったあなたはギリギリセーフ、詳しく書きますので続けて読んでみてください。

「いや、違う。自分は自分の考えで監督を批判している」というあなた。あなたは既に洗脳が完了していますので、これ読んでもムダです。とっととTwitterにでも戻ってください。

こんだけ言うても「きいい違う!オレは自分の考えで批判しているんじゃあああ!」って人はTwitterでリプください。引用ツイートでお答えしますのでカギは外しといてくださいね。

 

ではいきます、ひとが監督批判する理由。

 

マスコミの記者は選手や監督とコミュニケーションをとり、その言葉を引き出して記事に反映させるのがお仕事です。言うまでもなく、選手や監督とは良好な関係を築いておかなければいけません。監督や選手を批判する記事を書き「お前んとこにはもう喋らん」となったりしたら、いい記事が書けなくなります。

でも、チームが負けたり状態が悪い時には、いいことばかり書いてられません。どこかに原因を見出し、各社見解を記事にしないと読んでるほうも納得しません。

こうなったとき、マスコミは監督や外国人選手をターゲットにするのが、記者にとっていちばんデメリットが少ないのです。なんでかわかります?どっちも数年でいなくなるからです。

 

複数年契約を結んでる監督や外国人でも、結果がでなければ即退団。悪ければ今シーズン末に、早ければGW頃にいなくなることもあります。今まで実際に何回もありましたね、そういうことが。たまーに長期政権もありますけどね。

ちなみに、阪神タイガースの監督平均在籍期間は約2年。最も長く在籍したのは1990年から1995年まで6年間(正確には最終年途中休養だったので5年半ほど)指揮をとった中村勝広監督です。

一方選手は、特に若手有望な選手や主力の選手とかだったら少なくともまあ5年はいるわけです。このへんの選手との関係が悪くなったら記者たちはメシが食えなくなるのです。自然、攻撃の矛先は首脳陣や外国人選手へと向います。

だからマスコミは、昔からまず首脳陣や外国人を「負けた原因」としてたたく傾向にあります。続いて毎日それを見ている読者は徐々に洗脳されます。「監督は叩いてもいいものだ」と思い込みます。

そしてあたかも自分の考えであるように脳みその中を浸透し、「金本ヤメロ」「和田無能」とか言い出すのです。いわゆる洗脳完了思考停止です。親から子へ受け継がれることもあります。

確かに確かに、監督をはじめとした首脳陣の考えがパーフェクトなわけではありません。チームの勝敗について責任をとるのは監督です。監督の考えた作戦が不発で負けることもあるでしょう。ただ、「今日起こったことは本当に監督の責任なのか」をちゃんと自分のアタマで考えてみたら、ちょっと違う見方になるかもしれませんよ。

 

僕がこの記事を書こうと思ったのは、2018年4月6日 京セラドームで行われた阪神-中日戦 9回裏の攻撃を見て、僕の考えていたことと世間の感じていることにおおきなギャップを感じたからです。なんでそんな監督が叩かれてんのん?と。

 

振り返ってみましょう。

 

スコアは2-3、1点ビハインドで迎えた9回の裏。

先頭の大山が2ベースヒットで出塁。続くバッターは糸原。ここまで打率4割ほど。

 

ここで、阪神ベンチは考えたでしょう。好調糸原に打たせるかバントで確実に送って同点を狙うのか。方針を決定するのに要素はいろいろありますが、

1.右ピッチャーに対して左打者の糸原、さらに好調、打たせて一気に同点。

2.いくら糸原が好調でも打率4割。ミスショットする確率は半分以上。確実にランナーを3塁に進めて後続で得点。

選んだのは「2」でした。この作戦をあなたが好きとか嫌いとかはまったく関係無いのでどっか置いといて、選択肢のひとつとしては全然アリですね。

「あんたはどう思うねん」みたいなこと聞かれるんで先に言うときます。僕は「あ、そっちの作戦にしたんか」としか思ってません。いいとか悪いとか全然無いです。

 

そして続くバッターは梅野。まずここに代打を送るべきかという選択をしなければいけないわけですが、

1.右投手相手に伊藤隼太など左打者を代打に出して期待する。

2.1アウト3塁、梅野でも同点にできる。同点になったら延長もある。代打はこの先に来る勝負どころに使いたい。

で、選んだのは「2」です。あなたが賛成するとか反対するとかは便所にでも流して、これも選択肢として全然アリですね。同点になったらこっちにはマテドリがいる。そこでワンチャン狙おう、というのはまあ考えるでしょう。

 

で、梅野に何をさせるか。初球からスクイズを匂わせ相手が警戒している中、

1.警戒している逆をついてヒッティング→打ったら繋がって押せ押せやけど、2割に満たないバッターにヒット・外野フライが打てるか?

2.ランナーをスタートさせてのスクイズ敢行→うまくいけば得点の確率は高いが、万一ウエストされたり空振りしたりしたら終わり。

3.セーフティスクイズ→成功したら得点、失敗しても2アウト3塁悪くても2アウト1塁。

それぞれメリット・デメリットありますが、あなたがセーフティスクイズがいいと思ったか悪いと思ったとかはここではなんにも関係ないのでどうでもよくて、阪神ベンチは「3」を選択したわけです。警戒されている中でも梅野のバント能力ならいけると考えたのでしょう。もっと選択肢はあるのかもしれませんけど。

 

しかし、ここで予想を上回る大誤算。梅野がバントした打球はピッチャーほぼ正面やや3塁側に転がりました。相手ピッチャーはバックホームして3塁ランナー本塁タッチアウト、そのあとキャッチャーが1塁に送球し、打者走者の梅野までアウトでゲームセット。あっけない幕切れとなってしまったのです。

ランナーがひとり残るどころか、打者走者までアウトになってしまうという、これはおそらく相手ベンチも予想していなかった展開でしょう。

 

はい、この流れの中、悪いのは「監督の采配」でしょうか。

確かに糸原がタイムリーを打ったかもしれんし、梅野に代打伊藤隼太を出したら犠牲フライ打ってたかもしれんし、そんなことはもう今となってはわかりません。それでもダメだった可能性はあるし。

言えるのは、僕らよりずっと野球に精通している阪神首脳陣がいろんな要素から場面場面で作戦を選択し、結果ダメだったということです。結果が悪かったので、作戦が悪かったとも言えるでしょう。

ただ、勝つためにコントロールセンターである首脳陣が選択した作戦を、遂行できなかったのは誰ですか?というところを、ちょっと軽く見すぎじゃないですか?采配批判派は。梅野がバント決めてたら、あなたがあの作戦を好きとか嫌いとか関係なく、同点もしくは逆転まであったかもしれんのですよ。

 

「そんな野球で勝ったとしてもそれでいいのか、結果オーライやないか」とも言われますが、公式戦は結果オーライでいいでしょう。ホームラン1本で1-5で負けるより、カス当たり内野安打10本で勝っても勝ちは勝ちです(この試合は負けたけど苦笑)。

そりゃ糸原がぱっかーんと打って同点タイムリーも気持ちいいでしょう。そうなったら僕もめちゃ嬉しいです。伊藤隼太がでてきて右中間まっぷたつにやぶるツーベースで同点さらに1アウト2塁サヨナラのちゃーんす!っていうのも気持ちいいでしょう。

でも阪神ベンチが選んだ作戦はきのうのアレです。それをうまくやれなかったのは選手です。叩くべきは言うほど監督なのか。僕にはよーわかりません。

 

以上、わたくしの考えでした。洗脳さん、異論反論どしどしどうぞ



1985年。阪神タイガースはバース掛布岡田を中心とした重量打線でリーグ優勝。そのままの勢いで日本シリーズでも西武ライオンズを倒し、球団史上唯一の日本一となりました。全虎党が「しばらくは阪神の時代やぁ!」と思ったものです。

しかし、翌1986年は3位、1987年は最下位。その後には長く暗い、暗黒時代が待っていました。
阪神タイガース 年度別成績
http://npb.jp/bis/teams/yearly_t.html より

 

92年、亀新フィーバーで2位に躍進するものの、それ以外はすべてBクラス。その頃のタイガースファンの1年というと、
1月〜2月 「今年はいけるで!」
3月「オープン戦もひとつやったけどシーズン入ったらやるで!」
4月「スタートあかんかったけどこっから巻き返しや!」
5月以降「よし、若手育成して来年優勝や!」
ほんまにこんなんでした。

1999年、阪神タイガースは野村克也監督を招聘します。この年ぐらいから、いよいよ本気で勝つことを目指すようになったのかと虎党は期待します。しかし野村監督時代も結果的には最下位を脱出することはできませんでした。虎党は期待を裏切られ落胆しますが、思えばこの時期の種まきが数年後花を咲かせることになるのでした。

 

ちょうどこの頃、知人とこんな話をしていたことを鮮明に覚えています。

「阪神がほんまに優勝するんやったら監督誰がええと思う?野村さんでもアカンにゃで。」

「とにかくチームに覇気がない。もう星野仙一しかおらんやろこんなん。」

「せやなぁ。星野さんやったらぐいぐい引っ張っててくれそうやなぁ。ありえんけど。。」

当時の星野仙一は完全に中日のひと。生え抜きで名古屋で活躍、かつその時はバリバリの中日監督。中日以外のユニフォームは着たことが無いという、今で言うと「広島 緒方監督」「読売 高橋由伸監督」(ちょとスケールが違いますが)みたいなもんです。希望として監督やってほしいと言うのは勝手やけど現実的にはありえない、そんな感じです。

 

2001年暮れ、次年度も指揮をとる予定であった野村監督が突如辞任します。まあいろいろあったのですが、そのへんはググってください。

大変なのは後任監督の人選です。すでに12月、ゆっくり人選して交渉する時間などありません。仰木彬さん、西本幸雄さんなど、の名前が連日新聞紙上を賑わせます。しかし4年連続最下位のチームの監督をすすんで請ける方など簡単にはいなかったのだろうと、容易に想像できます。

野村監督は辞任する際、最後に「優勝したいなら次の監督は熱血指導型の西本幸雄か星野仙一」言い残したそうです。いまもむかしも、虎の選手たちはおとなしいのです。。

 

その野村監督が辞任する数週間前、中日の監督を辞めていた星野仙一は完全に戦闘モードを切った優しいカオでテレビに出演していました。中日球団との確執も噂される中6年監督を勤め終え、しばらくゆっくりするつもりだったのでしょう。

前任監督の進言やチーム状況などを踏まえ、当時阪神タイガースのオーナだった久万俊二郎は、中日の監督を辞任したばかりの星野仙一に阪神の監督就任を打診します。数日後「火中の栗を拾う」と受諾。星野阪神が誕生した瞬間でした。

 

スローガン「NEVER NEVER NEVER SURRENDER」を掲げ新生星野阪神タイガース2002年のシーズンが開幕します。開幕から7連勝、6月まで首位争いという、前年まで4年連続最下位のチームとは思えない快走で関西は盛り上がります。しかしいかんせん選手層が薄く、最終的には4位。最下位は脱出したものの、ペナントを獲得するにはまだまだ時間がかかりそう、そんな雰囲気でした。

甲子園での最終戦終了後、星野仙一は満員の観衆にこう言いました。
「みなさんの悔し涙を来年は嬉し涙に変えてみせます。」と。

 

2002年のオフ。功労者である坪井智哉や山田勝彦を含む24人の選手がトレードなどで退団する一方、FAで金本知憲を、さらに伊良部秀輝・下柳剛などを獲得。「血の入れ替え」と呼ばれた大改革を行い2003年へと体制を整えます。

2003年、前年同様開幕から首位を快走。いつ落ちるか、どこまで持つのか、ハラハラする虎党の気持ちをヨソに、7月8日、当時セリーグ最速でマジック49が点灯します。7月終了時には2位に17.5ゲーム差というぶっちぎり独走状態となりました。8月には優勝が決まるのではないかと、チケット入手に走り回っていたのを思い出します。

8月死のロードから9月、少し息切れしながらではありましたがマジックを2まで減らして9月15日の広島戦を迎えます。

当日はデーゲーム。この日の優勝の条件は「甲子園で阪神が広島に勝利」「ハマスタでヤクルトが横浜に敗戦」することでした。

 

試合は広島に先制されるものの、前年FAで日ハムからタイガースにやってきた片岡篤史の同点ホームラン、最終回赤星のライトオーバーサヨナラタイムリーなどで勝利します。あとは横浜スタジアムの結果待ちです。
赤星星野サヨナラ

14:00から開始した甲子園の試合が終わったのは17:00頃でしたでしょうか。一方ハマスタはこの日試合開始が確かデーゲームでもナイターでもない16:00だったと記憶しています。

甲子園で赤星選手のヒーローインタビューが終わり、六甲颪を歌った時には横浜スタジアムの試合はすでに中盤。ヤクルトが負けているという経過がバックスクリーンに表示され、5万観衆から大歓声。

選手はベンチから、観衆はスタンドから、バックスクリーンに映し出される横浜スタジアムの試合を見つめます。ヤクルト劣勢ですすむ試合。興奮を抑えきれない甲子園。球場全体で禁止されているはずのウェーブがはじまります。

1周・2周と波打つスタンド。1塁側まで波が来るとベンチの選手たちもウェーブに加わります。矢野、金本、途中離脱した浜中など、みんな一緒にウェーブをやります。2年前、こんな幸せな瞬間が来ると誰が考えたでしょう。

 

数十分後、18年ぶりのその瞬間がやってきました。選手がベンチから弾けるように飛び出します。星野仙一が率いる新生阪神タイガースが2年間でセリーグの頂点に立った瞬間です。

僕の目の前で阪神タイガースの監督が胴上げされています。胴上げされている背番号77は遠目でも満面の笑みであることがわかります。広がる両手両足が「V」という文字を描いているように見えました。悔し涙が嬉し涙にかわりました。
星野仙一 阪神 胴上げ 画像

 

星野仙一さん。あーしんどかった。ですね。ゆっくり休んでください。
あーしんどかった 星野仙一