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阪神タイガース 虎講師のブログ

掛布雅之 背番号31

Posted by toraho on 2013年10月18日
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ミスタータイガース 掛布雅之 31

阪神 掛布 1985 画像

僕が物心ついて最初に見た阪神タイガースの4番は、掛布雅之でした。TwitterとかFacebookページとかでコメントを頂いているのを見ていると、今や掛布の現役時代を知らないファンの方も増えているようで。そりゃそうですね。退団したのが1988年。もう25年前ですから。。

 

掛布雅之選手は1973年秋のドラフト6位で指名されました。その直前、秋の2軍キャンプに練習生として参加。実力を認められテスト生同然での指名だったそうです。

1974年に入団すると、開幕から1軍に定着。2年目の1975年には相手投手が左なら佐野、右なら掛布という使い方をされながら、最終的には掛布が3塁手として定着します。

1979年、48本のホームランを放って初の本塁打王に輝きます。1982年は本塁打・打点の2冠王。1984年にも本塁打王に輝きます。特筆すべきは1984年。シーズン終盤残り2戦は、ホームラン王を争っていた宇野選手がいる中日との対戦。2試合全打席両者敬遠という珍しい記録を残し、掛布と宇野は本塁打王を分け合ったのでした。

1982年6月2日 読売戦 掛布同点ホームラン 動画

ライバル江川から放った高めボール気味の球を振りきってライト中段へ。ラッキーゾーン関係無し。

そして迎えた1985年。言うまでもないですね。阪神タイガースが唯一日本シリーズを制覇した年ですね。

このブログでも何度もご紹介しているこの動画、何度見ても良いものは良い、もっぺん載せておきます。

バックスクリーン3連発 バース 掛布 岡田 動画


実況は植草貞夫。クロマティーはーーーーー追わない!!!

ちなみにこの年、僕の住んでいた町の小学生はほとんど全員阪神帽をかぶって投稿。女の子も半分ぐらい阪神帽をかぶってました。

 

順調に来た掛布雅之の野球人生ですが、1986年に大きな壁が立ちはだかります。4月20日対中日戦、ルーキーの斉藤学投手から手首に死球を受けて骨折。ほとんど活躍できずに1年が終わってしまいます。

1987年、88年も全盛期の結果が残せず、9月14日に引退を表明。他球団からのオファーもあったようですが、掛布選手は阪神タイガースの選手としてバットを置くという決断をしました。

1988年10月10日(僕も観に行った!!)引退試合はスタメン4番サードで出場。最終打席は四球。ついに(現時点で)最後のミスタータイガースはユニフォームを脱ぎました。

 

個人的には、このあとコーチ・監督へと進むものだと思っていました。しかし、現役当時の飲酒運転や、退団後の債務問題が起因したのか、2013年現在ユニフォームはまだ着ていません。

2014年より「打撃アドバイザー」という(ちょっと良くわからない)立場で阪神タイガースを支えることになるようです。生え抜きの長打が打てる若い打者を、ミスタータイガースの手によって生み出して欲しいものですね。

掛布雅之 引退の記録 動画

12分53秒 時間があるときにゆっくりご覧ください。

掛布雅之 引退 画像

掛布雅之 通算成績
打率.292 本塁打349 打点1019
5673打数 1656安打
本塁打王:3回 (1979年、1982年、1984年)
打点王:1回 (1982年)
最多出塁数:2回 (1981年、1982年)

ベストナイン:7回 (1976年 – 1979年、1981年、1982年、1985年)
ダイヤモンドグラブ賞:6回 (1978年、1979年、1981年 – 1983年、1985年)
オールスターゲームMVP:3回 (1978年 第3戦、1981年 第2戦、1982年 第3戦)
月間MVP:1回 (1979年4月)

阪神タイガース 背番号31 歴代選手名

阪神タイガース 歴代背番号 選手一覧

2013阪神タイガースさよならゲーム動画集

阪神タイガース 選手別応援歌2013



阪神 背番号16 歴代選手

Posted by toraho on 2013年9月13日
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阪神 タイガース 背番号16 歴代選手

阪神タイガース 岡田

10番代っていうのは大体ピッチャーの番号で、タイガースの16番という番号も例外ではなく、ここんとこ安藤とか山崎とかピッチャーが背負うことが多いです。

が、阪神タイガース歴代の16番を見てみると、活躍しているのは意外と野手だったりします。

まずはこのひと。阪神の16番といえばまず思い出すのが岡田彰布。ご存知1985年優勝時のクリーンアップ、5番バッターです。

阪神 岡田彰布 動画 ホームラン集

タイガースフィーバーと言われ、打ちまくったこの年の阪神タイガース。岡田選手の成績は打率.342で同僚バースと首位打者争い。ホームラン35本、打点101と、堂々たるこれぞ優勝チームの5番バッターという成績です。

で、このあともさぞ打ったんだろうなぁ、と僕も思っていました。しかし、その後の年度別成績を見てみると、3割超えなし(1989の.280が最高)・30本塁打超えなし(1986の26が最高)・100打点超えなし(1989の76が最高)と、普通のちょっと良く打つバッターだったのです。。。

岡田選手はその後1994年にオリックスへ移籍、翌年1995年のシーズンを最後に引退します。

 

あと、タイガースの16番を背負った野手で、知っておいてほしいのはこの人。三宅秀史選手(のち伸和に改名)。

阪神 三宅秀史 画像

阪神タイガース 三宅

あの吉田義男遊撃手と鉄壁の三遊間を組み、700試合連続全イニング出場(2004年に金本知憲選手に抜かれるまで日本記録であった)を達成した名選手でした。(って、僕も現役時代は知りませんが汗)

2013年、今は安藤優也。おなじみおっさん中継ぎ陣の一員です。がんばってやほんま。

 

阪神タイガース 背番号16 歴代選手名

安藤優也 2002-

酒井弘樹 2001
山崎一玄 1994-2000
岡田彰布 1980-1993
上田次郎 1970-1979
平山英雄 1968-1969
三宅秀史 1954-1967
櫟信平 1950-1953
中田金一 1948-1949
溝部武夫 1948
武智修 1943,1946-1947
前川正義 1942
平桝敏男 1936,1941

阪神タイガース 背番号別歴代選手一覧

阪神タイガース 選手別応援歌2013



阪神 背番号9 歴代選手

Posted by toraho on 2013年8月11日
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阪神 背番号9 歴代選手

【2016/5 更新】
2016年開幕、鮮烈なデビューを飾ったルーキー高山俊。これから5年・10年と虎を担っていく左打者です。楽しみですなほんまに。

阪神 髙山 初ホームラン 神宮球場

髙山プロ入り1号ホームランGIF動画

 

その前の背番号9はマートン。マートンについてはこれまでも何回か書いたのでこちらをどうぞ。これなんかいいっすね。
>>マートン 2013 サヨナラホームラン動画集

 

さて、最近の背番号9といえば藤本敦士。2003年優勝時には「恐怖の8番打者」として3割打って貢献。いじられキャラでファンからも人気がありました。

しかし、その後鳥谷が入団したことで出場機会は徐々に減少。現在はヤクルトに移籍したものの、1軍での出場機会は大幅に減っています。がんばれーーー

阪神藤本 日本シリーズサヨナラ打 動画
12:00ぐらいからが藤本の打席ですが、最初から見てもおもろいっす。

ちなみにこの試合、終了後のヒーローインタビューがCMでブチブチ切られ、中継していたABC朝日放送に苦情がバンバン来たといういわくつきの中継となりました。

翌朝の「おはよう朝日」で全編公開されたのですが、当然それを事前に知っている視聴者はおらず。僕も未だにこの時の藤本のサヨナラヒーローインタビューを見ておりませぬ!!ぶーー!

 

優勝と背番号9、といえば佐野仙好を外すことはできません。

阪神 佐野仙好 画像

1985年の優勝といえば、バース・掛布・岡田のクリーンアップトリオが有名ですが、その後6番を打っていたのが背番号9佐野でした。

.288 13本塁打 60打点。勝負強いバッティングで、岡田を敬遠できない打者が後にいたからこそ、あのクリーンアップの活躍があったのです。

阪神 佐野 優勝を決める犠牲フライ 動画
3:00ぐらいから佐野の打席です。

あと、安藤元監督も現役時代は背番号9だったんですねぇ。。

 

髙山俊 2016-

マートン 2010-2015
藤本敦士 2002-2009
ペレス 2001
北川博敏 1995-2000
岡本圭治 1990-1994
佐野仙好 1974-1989
安藤統男 1962-1973
後藤正美 1960-1961
大西正昭 1958-1959
河津憲一 1957
栄屋悦男 1954-1955
伊沢修 1951-1953
松木謙治郎 1950
長谷川善三 1946-1949
中原宏 1943
藤村隆男 1940-1942
松木謙治郎 1936-1939

背番号別歴代選手一覧

阪神タイガース 選手別応援歌2013



阪神タイガース 背番号31 歴代選手名

Posted by toraho on 2013年6月10日
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阪神の背番号31といえばミスタータイガース?

阪神 4番サード掛布 画像

 
まいどです。虎講師です。

阪神の背番号31と言うとこの人を外すわけにはいけません。タイガースが唯一日本シリーズを制覇した時の4番バッター掛布雅之です。

で、3連発とか載っけようと思って動画探してたんですが。。これ見てやっとくれやす。なっつかしいのが有りましたでぇ。。

1985年10月16日 ヤクルト-阪神戦(神宮球場)

マジック1で迎えたこのゲーム。引き分けか勝ちで優勝が決まるという試合の最終回3−5でビハインド。あー、今日は優勝ムリかぁ。。と思った矢先の追撃レフトポール直撃ソロホームラン。

掛布のソロホームランで4−5に追い上げたこの直後、6番佐野の犠牲フライで同点に追いつき、史上初の引き分けVを決める狼煙となった一発です。

まあ、このあと18年も優勝できないとは思いもよらなかった小6の秋の出来事でございました(苦笑)

 

その後の31。92年に入団した大阪桐蔭高校卒萩原誠は知らぬ間にいなくなりました。

そして広澤です。広澤と言えばコレっしょ!!

広澤克実 お立ち台で六甲おろし

これねー、僕ライトスタンドで見てたんですよー。

このゲーム、井川が好投するも打線は沈黙。両チームスコアレスで迎えた終盤に広澤がバットを折りながらレフトポール際に放り込み、1−0で勝利したのです。

で、以前より「今度お立ち台に立ったら六甲颪歌います!!」と前振りをした上でのこの日のヒーローインタビューでした。

いや、長くタイガース見てますが、お立ち台でファンと六甲颪を歌ったのは広澤克実ただひとり。読売からトレードでやってきて、なんとなく穿った見方をしていたファンの心を一気に掴んだ独演会でした。

 

その後は濱ちゃんからリンウェイツウへと、タイガースにとって大事な背番号31は受け継がれています。

リンちゃんそろそろたのむでーーー。。

 

林威助 2006-

濱中おさむ 2004-2005
広澤克実 2000-2003
萩原誠 1992-1997
掛布雅之 1974-1988
カークランド 1968-1973
平山英雄 1967
滝川博己 1966
戸梶正夫 1958-1965
河西俊雄 1953-1957
森田忠勇 1950-1952
玉置玉一 1941-1943
堀尾文人 1939-1941

阪神タイガース 選手別応援歌2013

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